大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和37年(ネ)162号 判決 1963年2月22日

控訴人(附帯被控訴人) 石井正道

被控訴人(附帯控訴人) 田辺普

主文

原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、別紙目録<省略>記載の(二)の建物を明渡せ。

(二)  控訴人は被控訴人に対し別紙目録記載の(三)の建物を収去して別紙目録記載の(一)の土地中その敷地の部分約五坪を明渡せ。

(三)  控訴人は被控訴人に対して金五万六千円を支払え。

(四)  控訴人は被控訴人に対して昭和三十三年九月一日から別紙目録記載(二)の建物を明渡すまで一ケ月金一万六千百二十五円の割合による金員を支払え。

(五)  訴訟費用は第一、二審を通じ全部控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

(六)  この判決は第(三)項第(四)項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴(附帯被控訴)代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決および附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は控訴棄却の判決および附帯控訴として、原判決主文第一項を取消し、控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し別紙目録記載の(二)の建物を明渡せ、訴訟費用は全部控訴人(附帯被控訴人)の負担とする旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次のとおり附加訂正するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴人(附帯控訴人)の主張および立証、

(一)  附帯控訴の理由は次のとおりである。

被控訴人は控訴人に留置権のないことを主張しているが、かりに右主張が排斥せられるとすれば、原判決主文(一)項記載の金十一万七千九百八十円を被控訴人は昭和三十七年三月九日控訴人に弁済のため現実に提供して受領を求めたところ拒絶せられたので翌同月十日東京法務局に供託した。従つて被控訴人の引換給付の債務は消滅し控訴人の留置権も消滅したからこの部分に関する原判決を変更し無条件の建物明渡の判決を求めるものである。

(二)  控訴人の後記主張の撤回については異議はない。

がその他の主張はこれを争う。

(三)  <証拠省略>

控訴人(附帯被控訴人)の主張と立証、

(一)  原判決事実摘示の控訴人主張中、二の過払賃料はその後に期限の到来する家賃に順次当然充当せられる旨の主張は撤回し、同三の相殺の点のみを主張する。同六の契約解除の予告のない催告は契約解除のための催告としては効力がない旨の主張も撤回する。

(二)  原判決事実摘示中控訴人の主張十三のうち六千二百円を野村銀行に支払つた旨の記載は誤りで、右金員は被控訴人に支払つたものであり、それは本件建物賃貸借契約当時控訴人が被控訴人の求めに応じて被控訴人に支払つたものである。

(三)  同控訴人主張の十三の(3) の物置二坪の建物は控訴人が被控訴人の依頼により被控訴人の計算において修築したもので、その所有権は被控訴人にあるものである。右物置の実測坪数は修築前五坪で被控訴人の所有に属し本件賃貸借契約の目的物件中に含まれていたものである。

(四)  家賃の統制賃料額超過支払部分については控訴人から被控訴人代理人田辺清に対し将来の賃料債務と相殺する旨の意思表示をし、相殺の権利を留保しながら被控訴人請求額の賃料の支払を続けて来たもので、右相殺の意思表示をしたのは昭和二十五年三月末、昭和二十八年三月末、昭和三十一年十二月末、昭和三十二年六月末である。

(五)  控訴人は被控訴人代理人田辺清に対し、昭和三十年十二月末、昭和三十一年十二月末、昭和三十二年六月末にそれぞれ「修繕代が嵩むからその支払があるまで賃料の支払もできない」「右修繕代を一時に支払うことができないならば毎月の家賃と相殺してくれ」と意思表示した。従て修繕代については同時履行の抗弁のみならず相殺したものであるとの抗弁も主張する。

(六)  被控訴人が附帯控訴の理由として主張する供託の事実があるとすれば、被控訴人は修繕代の支払義務を認めたものというべく、そうである限り控訴人に対し賃料不払の債務不履行を責めることはできない。

(七)  <証拠省略>

理由

当裁判所は被控訴人の請求を認容すべきものと判断するものであつて、その理由は次のとおり附加訂正するほか原判決理由に記すところをここに引用する。

(一)  原判決理由に記すとおり控訴人は別紙目録記載(二)の建物の修繕をし、その費用として投じた金十一万七千九百八十円につき被控訴人に対し償還請求権を取得したところ、成立に争ない甲第二十一号証、当審証人石井住子の証言の一部に本件弁論の全趣旨を合せると、被控訴人は昭和三十七年三月九日その代理人清田幸次郎を通じ控訴人の代理人石井住子に対し右金額を弁済のため現実に提供したが同人が受領を拒絶したので同月十日東京法務局にこれを供託した事実を認めることができる。従つて控訴人の右必要費償還請求権は消滅し、同時に前記建物に対する留置権も消滅したものといわざるを得ない。

(二)  統制賃料額超過分支払による相殺の控訴人の主張については、右超過分につき控訴人に返還請求権がないこと原判決理由に説示するとおりであるから右相殺の抗弁は採用の限りでない。

(三)  控訴人の修繕費支払に基く同時履行の主張について案ずるに、控訴人が原判決理由(1) ないし(10)に記すとおり本件建物(別紙目録(二)の建物)を修繕しその費用として合計十一万七千九百八十円を支出したことは当裁判所もそのとおり認めるものであるけれども、右控訴人の支出した費用がすべて法律上必要費に属するものか有益費と目すべきものも含まれているのではないか未だ疑を免れないところがある。しかしたとえ控訴人の支出した費用がすべて必要費であり、被控訴人に対し即時その償還請求権を行使できるものとしてもなお控訴人は同時履行を主張して本件賃料不払につき遅滞の責を免れることはできないものとならざるを得ない。

何故ならば、なるほど賃貸人のなすべき賃貸物修繕の義務と賃借人の負担する賃料支払義務とはいわゆる同時履行の関係にあり、従つて賃借人が修繕費を支出したことによつて賃貸人の負担する必要費償還義務と賃借人の賃料支払義務ともまた同時履行の関係にあるものと解すべきではあるが、賃借人が賃借物件の如何なる部分に如何なる程度の修繕を加えその費用を支出したにつき幾許の償還を請求するかは賃借人から賃貸人に右事実を通知して現実に支払を求めなければ賃貸人としてはこれに対処するに由ないものであるから、賃借人が賃料の不払につき必要費償還請求権をもつてする同時履行の抗弁をなし遅滞の責を免れんがためには賃借人において契約解除前予めこれを援用しなければならないものと解するのを相当とする。

しかるに本件において控訴人は被控訴人が本件賃貸借契約の解除の意思表示をした昭和三十三年八月二十九日までに被控訴人に対し前記修繕のため支出した費用の償還を請求し、賃料の支払を拒絶したことを確認できる証拠はない。(当審における控訴人本人尋問の結果の中この点に関する供述は原審ならびに当審の証人松倉栄子(田辺栄子)の証言に徴しそのまま信用しがたく、原審における控訴人本人尋問の結果、当審証人石井住子の証言によると本件建物の家賃を合意で値上げする際控訴人において建物を修繕した費用につき考慮せられたいと申出たことは認められるけれどもそれは単に希望を述べたものに過ぎず、明瞭に修繕費の償還を受けなければ家賃の支払をしない旨申述べたものとは認められないのである。)

従つて被控訴人が本件延滞賃料の催告および契約解除の意思表示をなした際控訴人がその主張の修繕費支出に基く同時履行の抗弁権を有する故に賃料の未払について遅滞の責がなかつたものとなすことはできない。

(四)  また右修繕費償還請求権を以てする控訴人の相殺の抗弁について考えるに控訴人が本件賃貸借契約解除の日である昭和三十三年八月二十九日以前に明確に延滞賃料と自己の支出した修繕費とを相殺に供する旨の意思表示をしたことを認めるに足る証拠はない。当審証人石井住子の証言、当審における控訴人本人尋問の結果のうちこの点に関する供述は信用しがたい。従つて控訴人のこの相殺の抗弁も理由なく、被控訴人の解除の意思表示は有効であり、控訴人の賃料延滞額もそのまま存続しているものである(契約解除後本件口頭弁論終結までの間に延滞賃料債権と修繕費償還請求権とを相殺する旨の意思表示をしたとの主張は控訴人はしていない)。

(五)  控訴人は野村銀行が別紙目録(二)の建物について支出した修繕費六千二百円を被控訴人に支払つたと主張するが、右支払は本件賃貸借成立の時に当事者合意で支払われたものであるところ、そのため控訴人に被控訴人に対する必要費の償還請求権とか不当利得返還請求権が生ずるとなす納得すべき主張立証はなんらなされていないから、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

(六)  控訴人は被控訴人の附帯控訴による主張につき、被控訴人が控訴人の支出した必要費の償還義務を認めたからには控訴人の賃料延滞を責めることはできないというけれども、被控訴人の供託の主張は仮定的になされているもので、同人に十一万円余の必要費償還義務の認められることは、同人のなした本件賃貸借契約解除の効力を否定する事由とならぬことは前記のとおり明かである。

(七)  別紙目録記載(二)の建物についての賃貸借契約の解除は控訴人の賃料不払によるもので、この主張が認められる以上転貸その他の争点につき判断をする必要はない。また別紙目録(三)の建物が控訴人の所有と認むべきことは原判決理由の説示するとおりで控訴人の主張は採用できない。

(八)  当審において新たに提出せられた証拠によつても原審ならびに前記の認定をくつがえすことはできない。

以上の次第で本件控訴は理由がなく却つて、附帯控訴に理由がある。従つて原判決主文第一項は変更しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、仮執行の宣言は金員の支払を命じる部分についてのみこれを付すべく、他は付さないことが相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 加藤隆司 宮崎富哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例